高速道路の話

前回、話が脱線したので、高速道路の建設について改めて書こうと思っていたんですが、三橋貴明さんが「新世紀ビッグブラザーへ blog」10月3日(土)の中で、少し触れていましたね。
「人気ブログランキング」の「政治」は、私がよく見に行くところです。
ランキングの最初のページで、三橋さんはいつも1~2位にいるようですが、他の方も常連の人ばかりのようです。私はその中で気に入っているブログに入って行って、「今日の話題はいいや」と思う時には、飛ばしています。
さて、高速道路は、早く建設して欲しいと思っています。
『莫大な予算を使って鹿しか通らない道路を造るのか』とか『費用対効果が悪い』(この言葉は、余り好きではありません。全てをこの基準で評価するするのは、どうかなと思います。)という批判があるのは承知していますが、それでも必要だと考えています。建設に当たっては、環境面には充分配慮して欲しいと思いますが。
予算については、100兆円以上ある?外為特会などを活用すれば、何とかなるのではないでしょうか。
国の全国総合開発計画というのが昭和37(1962)年に初めて策定され、以後、第二次~第五次まで継承されています。私はこの手の本は読まないのですが、たまたま四全総(昭和62(1987)年に策定)に関わる本を、後年、古い雑誌か何かで読んだことがあります。
その中で、当時の国土庁の官僚の一人が、『全国のどこからでも1時間以内に高速道路にアクセスできるようにするのは、国の責務である』という趣旨のことを言っており、感銘を覚えたことを覚えています。
Wikiで調べてみると、「高規格道路については、地方中枢・中核都市、地域の発展の核となる地方都市及びその周辺地域等から概ね1時間程度で利用が可能となるよう、およそ14,000kmで形成すると明示された」となっており、少しトーンダウンしたのかな、と思います。
高速道路のメリットを、思いつくまま順不同で簡単に書いてみます。
(1)生活圏の広がり
通勤・通学、買物などのほか、通院・通所、入院・入所など、今まで行けなかった所へも行くことができるようになります。免許証を持っていない人でも、相乗りや高速バスなどの利用で、恩恵を受けることができます。地方の山間部などでは、日用品の買物や通学など、本当に大変です。
救急車による救命率の向上も期待できます。
(2)災害の支援
災害を受けた地区への支援が、より早く行えるようになります。また、災害などで通行止めとなった道路の迂回路として活用でき、支援物資や人を運ぶことができます。
(3)工場などの誘致
沿線の地方自治体などにとっては、大きな関心事項でしょうが、自らの市町村内でなくても、近くに工場ができれば、人口、雇用、関連会社進出などの面で期待できるでしょう。
私が工場の進出を担当する責任者なら、材料・製品の搬入・搬出の交通で利便性があるということのほかに、業種によると思いますが、固い岩盤(軟らかい地盤だと、余り大きくない地震でも揺れが大きくなり、精密工業などでは厳しいと思います)、良質で豊富な水、近くに採用が期待できる人材がいる高校や大学等があること、などを考慮すると思います。
とは言え、今まで高速道路のICの近傍に全国で多くの工業団地の開発が行われましたが、まだ埋まっていない用地が多いところもあり、景気の先行き見通しとも相まって、工場など誘致がそんなに簡単ではないことは承知しております。
偉そうに言ったつもりはないのですが、気分を害されたら、申し訳ありません。
以上ですが、観光面は省略しました。
もう少し書こうとしたことがあったのですが、昨日、原稿を作ってプレビューを見たところ、その後で原稿が全部消えてしまっており、泣きたくなりました。
私は土建屋さんとは関わりがないので、そういう関係でこの記事をupしたのではありません。
ただ、国を筆頭として、インフラ整備には力を入れて欲しいとは思っています。
昭和39(1964)年の東京オリンピックに間に合わせるため、突貫工事でインフラ整備を行いましたが、もう老朽化が進んでいると思うので、早急な対応をしてもらいたいところです。
国会議員は、「国民の生命、財産を守るために云々」とよく言いますが、それに加えて、「安心、安全、快適」が必要だと考えます。
過疎地といわれる所に住んでいる人にとって、「他の地域と繋がっている」「いつでも都市部などへ行こうと思えば行くことができる」という、安心感・一体感が重要なのではないでしょうか。
これが、今回のテーマを思いついた理由です。

高速道路の建設の話のつもりでしたが

何故、今、高速道路の話かというと、理由は全くありません。単に思いついただけです。
世間で議論されているという訳でもありませんよね。
毎回、全然違う話になるのも、このブログの特徴です。
高速道路網がもっと整備されれば、新幹線で降りてレンタカーを借りたときなど、行動範囲が広がるのでいいな、と思っています。その程度のことで書いています。
建設計画の専門家や経済評論家の方々は、それぞれ知識に裏付けられた意見をお持ちでしょうが、私は余り調べずに、例によって思いつきで感覚的に書いてみます。
私は地方に住んでいますが、転勤したとき通勤に高速を使っていたことがあります。一般道を通るよりも通勤時間が半分以下になり、助かりました。高速の料金が高かったことと、一度スピード違反で捕まったのが痛かったです。
前の車を追い越す時、加速して追い越し車線を走っていたのですが、走行車線に戻ろうとした時、こちらの車のスピードに合わせるように走って私の車を入れないようにする車があって、次のインターで降りるため、止む無く加速してその車の前に入ったところ、覆面パトでした。
警察官の言い方は穏やかでしたが、私が「煽ったじゃないか」と言っても知らん顔でした。
脱線ついでにもう一つ。
転勤に伴う引き継ぎ書を作るため、3/31か4/1の休みの日に出勤して、チェーンをかけている駐車場のすぐ横の道路に車を停めていたところ、駐車違反になってしまいました。何かマイクで言っていたようなので、3階のトイレから車を確認したところ、誰もおらず何も変わった様子がなかったので、関係ないと思い、そのままにしていましたが、帰る時に見るとプレートの下に、たしか「駐車違反」と「このワイヤーは切れません」と書かれたプレートのようなものが付けられておりました。それまで駐車違反といえば、ワイパーに黄色の紙を挟んで、ドアミラーに何かを固定するものだと思っていたので、失敗しました。
車は動かせたので、そのまま帰宅して連絡先に電話し、「あの場所は、休日には、車も、大人も子どもも全くと言っていいほど通らないのに、何故駐車違反にしたのか?」と訊いたところ、婦警と思しき人は「でも、駐禁の標識がありますからね」と言うだけでした。何のための交通規制なのか、摘発件数を上げるためなのか、と思い残念でした。
おかしな標識や規制は、いっぱいありますよね。段差のある広い歩道があるのに30キロ制限とか、この学校は土日祝は休みの筈なのに、「進入禁止 7:30-9:30 ただし日曜日は除く」とか。
別件ですが、進入禁止違反で捕まったこともあります。そこは片側1車線で、右折進入を禁止しているところでした。よく通っている道で「あれ、ここは右折できたかな?」と思いましたが、標識を見落としていたのと対向車がいなかったこと、銀行の大きな案内矢印があったこと(近くで見ると下に小さい字で「この先○○の信号を右折してください」と書いてあった)が原因です。警察も取締りの前に「ここは進入できませんよ」と言ってくれればいいのに、と思いましたが、昇任試験の点数取りのためだったのかな、とも思っています。
私は不器用で大人しい人間だと自分では思っていますが、拘りが強く、おかしいと思ったことは、とことん相手に訊いたり調べたりするようなところがあります。
「言わなければよかった」と反省することと、逆に「(言うべきことを)あの時言っておけばよかった」と後悔することは誰にでもあると思いますが、私は後者にならない方に少し軸足を移したいと思っています。
その方が私にとってはストレスが貯まらないと考えるからです。
こういう性格だから人に嫌われるのだと思います。煙草の話の(・・・)は、こういう意味です。
駐車違反の話には続きがあります。
帰宅後、金ノコを使ってワイヤーを切ろうとしましたが、やはり切れません。そこで、ワイヤーを吊るしている車のプラスチックの部分にノコを入れて切りましたが、ワイヤーは外れません。自分の車に傷を付けるのは車に申し訳ない気がしたんですが、運転が下手なために、既にあちこちに擦り傷なんかがついているので、やってみました。
諦めて翌日、交通機動隊に行って状況を説明したところ「横着をしたんですね」と簡単に言われ、「それでは違反章?を取り外してきます」と車の方へと出て行きました。
「取り外そうとした場合、罰則があります」という意味のことが違反章か通知書に書かれていたので、少し緊張しましたが、暫くして「取れました」と言って現物を持って帰ってきて、何も言われませんでした。ありがとう、見逃してくれたのかな?という感じでした。
待っている間、周りの様子を窺うと、10人くらいの人が、交通機動隊の制服を着けて立ったまま5メートル程も幅がある大きなテーブルでパシャーン、パシャーンと大きな音を立ててスタンプを押したり、書類の整理をしていました。違反切符かなぁ?結構大変そうでした。
私が立っていたすぐ横に、ミニチュアの模型のようなものがあり、何だろう?と当初から思っていましたが、呼び出されたらしい人が部屋に入ってきて、交通機動隊の一人が説明を始めました。どうやら事故現場再現のための模型のようで、お互い声を荒げることもなく、来た人は少しうなだれているように見えました。
少し警察を見直しました。青山繁晴さんが言うように、どこの組織にも、善意を持った人がいると思います。
ホリエモンは否定していましたが。
という訳で、脱線が長すぎて本題入れなかったので、また別の機会があれば気ままにupしたいと思います。
駄文で失礼しました。

行列への割込み

一時期、観光地での中国人が起こす行列への割込みの記事が流れたが、日本でも同様なことは起こっていると思う。
当然、割り込まれた方は腹を立て、トラブルに発展することも多い。
では、何故腹が立つのか考えてみた。
それは、ルールを守らず自分勝手な振る舞いををしたからだ、と言われれば、確かにそうだと思う。
しかし、もう少し考えてみると、相手(割り込んだ人or人々)がこちらの存在や人としての尊厳を無視したことに対して、大げさに言えば魂や自我の奥からの怒りが発生するためではないかと、最近思うようになった。
相手が、こちらの存在と全人格を否定していると感じるのだと思う。
また、自分の後ろにきちんと並んでいる人々に対して責任を感じて、割り込んできた相手に声を掛けて注意しなければならない、と思うのではないだろうか。
逆に、私の経験だが、コンビニから大渋滞している片側2車線の道路に車で右折で出なければならないことがあった。普段ならこういう時、左に出て先の信号のあるところで横道に入ったりして向きを変えるのだが、それもままならない状況であった。するとあろうことか、2車線の2台の車とその前の車がそれぞれ少しずつ動いてくれて、私がウィンカーを出していないのにもかかわらず、右折できるようにスペースを空けてくれた。幸い反対側の車線もその時は空いていて、お蔭で首尾よく右折して出ることができた。
この時は、本当にうれしかった。
さっきの話の逆で、見ず知らずの他人が私という存在を認め、わざわざ気を遣って対応してくれたことがうれしかったのだと思う。